シンデレラ・リバティ
今年も、舞踏会の日がやってくる。まだ、朝晩の冷え込みは激しいけれど、夜が明ければ穏やかな日差しとともに鳥が歌い、淡いパステルの花が咲き乱れる。
街の大通りをせわしなく馬車が行き交っている。その多くは、舞踏会の衣装を求める婦人達の乗ったそれである。貴族といえど王子のお妃という地位を狙った水面下での争いは、それはひどいものであった。
身分の低い者達は、馬車が巻き上げる砂埃を両手にはめた手袋で払いのけ、しかめっ面を隠すようにして店へと急いだ。
「今年こそは、お妃が決まるのかしらねぇ」
そう言った婦人の足下に飛んできた紙切れは無惨にも踏みつけられ、くしゃくしゃになって路地裏へ舞い込んだ。
『WANTED この娘を見つけたら賞金』
紙切れには、そう書いてあった。そこには、憎たらしげに微笑む少女の顔が写っていた。そう、彼女こそ、あの“シンデレラ”なのだ。
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「この灰かぶりが!ちゃんと働きなさいよ!!」
一件の家から響いた女の大声に、近所の犬たちが共鳴する。
継母とその娘達にいじめられ、居場所のないシルビア。先日、暖炉の掃除をしていて、誤って煙突の上部から降ってきた灰にまみれ“灰かぶり(=シンデレラ)”などと呼ばれるようになってしまった。ただでさえいけ好かないこの継母と姉妹にさらなる仕打ちを受けた彼女は、ほとほと嫌気がさしていた。
それでも、関わり合わないようにと目をそらし、靴を磨きを始めた。
「そうそう、しっかり磨いてもらわなきゃ。明日は、舞踏会なんですもの。そのハイヒールきれいに磨いたら、あんたにあげてもいいわよ?」
話は半分、いやほとんど信用しない方が良いということは、この姉妹から教わったことだ。シルビアは、「あんたにあげる」と言ったことなど気にもせず磨き上げたところ、案の定
「きれいに磨けてるじゃないの。じゃあ、これあたしが履いていくから、あんたはお留守番ね」ときた。「あげるとでも言えば、あたしが痛めずにきちんと磨くとでも思ったのかしら」そう思いながら次の靴を磨き始めた。
そんなことを一日中やっていたら、夜になり、舞踏会当日の朝になった。
朝から夕方にかけて、姉妹はバカの一つ覚えのように数枚しかないドレスをあれがいいか、これがいいかと取り替えてはもめていたが、出かける一時間前にはなんとか落ち着いたようでテーブルについた。しばらくして、馬車の音が家の外に近づいてきて、継母と姉妹はそれに乗り込んだ。
「じゃあ、あとはよろしくね。シンデレラ」
馬車の音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
家に戻ったシンデレラは、いつもは落ち着いて座ることもできなかった彼女たちのソファに大胆に横になり、大きく溜息をついて言った。
「はぁあ、空気がうまい・・」
そして、大きくのびをしてそのままテーブルに手を伸ばし、姉妹が飲み残したワインに口をつけた。
そこへ、魔法使いのおばあさんがやってきた。しかし、あまりにも堕落した彼女の格好に一瞬ひるみ、微笑んだ顔は引きつってしまった。
「ねぇ、あなた。舞踏会に行きたいんじゃないの?」
そう言ったおばあさんの方を、シンデレラは軽く酔いのまわった目で見つめた。
「別に、行きたかないわよ」
そして、おばあさんを試すかのようにまたじっと見つめた。
「それじゃあ、おとぎ話のシンデレラにならないじゃないの」
困惑するおばあさんをおもしろがって眺めていたシンデレラだったが、これではさすがに話が進まないと悟ったのか、「持ってくりゃいいんでしょ」と言われもしないのに畑からカボチャを持参し、ネズミとりからネズミをつまんできた。
「では、さっそく」
と魔法の杖をふったおばあさんだったが、物語にひずみができたせいかカボチャは半分馬車にならず、内部がカボチャのままになってしまい使い物にならなかった。また、ネズミはわずかに一匹で、馬に変えたとしてもこれ一頭で馬車を引くには無理があった。
「まあいいわ。そんなに遠いわけでもないし。歩いてくから」
そう言って身を翻す彼女の後ろから、おばあさんが軽快に杖をふった。馬車はお粗末だったが、衣装の方は万全で。
「12時よー、12時の鐘が鳴り終わったら魔法がきれてしまうから帰ってきなさいなー」
シンデレラは後ろ手に手を振って、お城へと向かった。
舞踏会は、すでに始まっているようで、門前には数名の兵士が門番として立っているだけだった。シンデレラが門へ歩いていくと、門番は目を丸くしてしばらく彼女を眺めていたが、ドレスを一回りしたあと中へどうぞと手を差し出した。階段を上がり、宮殿の入り口へ歩み寄ると、鮮やかに光り輝く室内が見えた。赤いカーペットに大きなシャンデリア、グラスの輝き、宝飾をまとったお妃候補の婦人達。
シンデレラが、その高貴な世界へ誘われるように入場したそのとき、彼女をみつけた人々からざわめきがおこった。「あの方は、どちらの?」「あんな美しい女性がこの街に?」「どこの婦人だ」シンデレラは、そんな声を聞き流しながら、王子の居る宮殿の一番奥まで一直線に突き進んだ。そして、王子の前にその姿を現した。
「おお、あなたは・・いえ。一緒に踊っていただけますか?」
「ええ、よろこんで」
そして、踏み込んだワルツのステップは見事にきまっていた。女遊びの好きだった父親は、「社交場には、ワルツだ」と幼い頃から彼女にステップをたたき込んでいた。遊びが過ぎたせいで、あの継母姉妹によって彼女は苦しめられるはめになったわけだが、これだけは彼の功績といえる。
「ああ!あれは、シンデレラよ!!」
いじわる姉妹の一人がついに発見したが、時すでに遅く、シンデレラと王子は完全にできあがっていた。
そして、お約束の12時がやってきた。一度目の鐘の音にはっとしたシンデレラは、王子のあごをぐいと引き寄せると口吻をし、
「あたしを、かならず見つけてね」
と言って出口へ向かった。ドレスの裾を両手でつかみ人混みをかきわけて進むと、はじめに登ってきた長い階段があった。中ごろまで駆け下りたところで、どうも自然には脱げそうにないのでわざと片足脱ぎ、そこらへ投げた。硝子の靴は、高い音を立ててそこに転がり、月明かりに光り輝いてとどまった。シンデレラは、その靴に二度手をたたくと、ものすごい早さで門をぬけ、そのまま家まで全速力で帰った。
深夜、継母姉妹が家に帰ると、シンデレラは床に横になって爆睡していた。
翌朝、ラッパの音が大通りに鳴り響いた。王子の一行がお妃を捜して街へくりだしてきたということだった。そう、あの硝子の靴を持って。
「この靴が合うものを探している。そのお方はどなたか」
王子は、馬車の小窓から大通りに出てきた女達の顔を見るが、あの日一緒に踊った女性には出会えなかった。あの日は、ほとんど彼女とだけ居たようなものだったので、記憶に自信はあるつもりだった。
そして、シンデレラの居る家の前にも馬車は止まった。差し出された靴を、まずは姉妹の妹が履いてみたが靴の方が大きく合わないようだった。続いて姉が履くと、ぴったりと入った。
「あ、はいった。そんなバカな!」
シンデレラは、思わず声に出してしまった。
「あなたが、私の捜していた人ですね?」
と姉に向かって真顔で言う王子に、シンデレラは唖然とした。
「あんたの捜してるのは、あたしよ!」
そう言った彼女の顔は、昨夜走り続けた疲労と魔法の後遺症で、一時的に冴えない顔になっていたのだ。父親が同じ姉なのだから、王子の記憶もまんざら嘘ではないのだが。
「ちょっと、貸してよ!」
そう言って、シンデレラが無理矢理奪い取った硝子の靴に足を入れると、みしっという鈍い音とともにひびが入り、一部がもろくも崩れた。
シンデレラは、その靴をそろりと脱ぎ、猛ダッシュで走り出たまま行方不明になった。
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「あれ以来、王子は女性嫌いになったと言われてますのよ」
「難儀ですわねぇ」
通りに貼られた人捜しの貼り紙も、一年たって破れたりすすけたりしている。
「あの賞金の意味は何なのかしらねぇ」
隣町では、賞金首と言えば殺し屋や大悪党を指していうものだが、王子が指す意味は今ひとつ理解しにくいものだった。硝子の靴は、彼にとって心のようなもので、その硝子のハートを踏みつぶし壊したシンデレラに憎悪を抱いているのか、はたまた憎らしいけれどあの日一緒に踊ったのは彼女だという確信でもあったのか。継母から提出され広告に使った彼女の写真が下品な笑いを浮かべていたにも関わらず採用となったのは、あの別れの瞬間に交わした口吻に未練があったからかもしれない。
「今年は、ない、かしらね」
苦笑する婦人達の横を、ぼろ切れのような服で通りすぎる娘がいた。異臭とともにすれ違ったその娘に婦人達は振り返り、馬車の時と同様にまたしかめっ面をした。
その娘は、ホームレスの集まる路地裏に身を潜め、食べるものを分けて貰った。
「あー、うんまい!何日ぶりだろ、美味しい」
その声に、まだあるぞと言って機嫌良く仲間が寄ってきた。しばらくそうしていたが、そのうち一人がああ、と声を上げて彼女を指さした。
「あんた、ひょっとして。ほら、これ」
手にしているのは、あの貼り紙だった。彼女は、これは自分だと簡単に言ってのけたが、王子のもとへ行く気はないと拒んだ。なにしろ、靴を壊してとんずらした人間なのだからどんなめにあわされるか分かったものではない。しかし、賞金がかかっているとあって、助けて欲しいという彼らの声も切実なものだった。そこで、とうとう彼らの一人についてきてもらい、シンデレラはお城へ行くこととなった。
門番の知らせを聞くなり、王子はそのまま無防備に門まで出てきた。そして、彼女を抱きしめると異臭でむせた。
「ちょ、ちょっと。汚いからそんなに寄らない方がいいわよ」
王子は、苦笑すると、少し離れて彼女を見た。
「間違いない、と思うんだが。あの靴は君のだね?」
シンデレラも苦笑して、頷いた。
「でも、壊しちゃったし。姉さんが履けちゃったしね。でも、どうして私だと?」
「香水だよ。君の姉さんがしていた香水。君はあの日、香水なんてつけてなかっただろ?」
長い時間、彼女と過ごしていた王子には分かることだった。もちろん、あり得ない偶然と彼の恐ろしいほどの記憶力とでここに辿り着いたわけだが。
「それにしても、王子様ってかんじじゃないわね、その話っぷり」
「これが、本当だけどね。表向きは立場ってもんがあるからね」
おともでついてきたホームレスの一人が、こちらをちらちらとのぞいている。
「ねえ、王子様。お願いがあります。あたしがここに来られたのは、この人たちのおかげなの。せめて食べ物と新しい毛布を買って欲しいんだけど」
ウィンクをしていたずらに微笑んだシンデレラの顔が、王子の心をとらえて放さなかった。
Fin
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